9月29日後楽園ホールボクシング WBOアジア太平洋フェザー級王座決定12回戦――。
判定で敗れた天笠尚選手が、打ちひしがれた様子でリングを降りてくる瞬間を、リングサイドで見ていた。
ずっと、皆で応援してきた選手だ。
単なるファンではない。単なる取材者でもない。この3年の間、世界を目指す彼を曖昧な領域の、しかもごく近い距離で感じてきた。そんな距離感で、ボクシングを観たのも、ボクサーと接したのも初めての経験だ。

その間――
いつも天笠の近くに、微妙な距離感で陰に陽に佇む柳さんがいた。
3年前、当時OPBF東洋太平洋チャンピオンだった天笠青年の試合に誘ってくれたのが柳さんだ。柳さんはそのころから天笠選手を応援していて、チケットを買っては試合会場へ友人を招待したりしていた。
いわゆるタニマチというものですか?
後楽園ホールのリングサイド席で尋ねると、柳さんは、いやいや…、と苦笑いの表情を浮かべた。
「タニマチとかそういうんじゃないですよ。俺と天笠さんの年齢は6歳ちがい。自分の方が上ではあるけれども、お互いまだまだ若い。もっともっと上へ昇って以降という若さです。タニマチてのはもっとこう、人生の成功をおさめ終えた成熟した年齢の人が、『よしまかせろ』とスポンサーとして面倒を見るというか、そういうものでしょう? 俺たちの関係は、そういうものではないですよね。なんというか…」
柳さんは、自分の中にある気持ちをどう表すか言葉を探しているようだった。
「俺には、ボクサー天笠尚のボクシングへの尊敬がある。そこに共感と共鳴があって、学ぶものがある。天笠さんにも、あるいはそんな共鳴を自分に感じてくれているという気持ちがある。ボクシングと水道工事と職種はちがうけれど、そんなふうにお互いに切磋琢磨して、“いっしょに頑張ろう!”と、そういう二人の関係だと自分は思ってるんですよね」

天笠選手のジムでの練習を、じぶんは幾たびか、近くで眺めた。表現するなら、それはもう華麗なものだ。
世界戦という舞台へ立つボクシング選手の練習というものは、こうも華麗なのかーー! 自分は大いに驚いたものである。むろん、トレーニングプログラムは激しい運動量で構成されているし、ミットを叩くグローブは心臓に響くような重い爆発音を、一発一発炸裂させている。選手は汗まみれで喘ぎづつけるハードなもので、それを、死に物狂いの気ちがい沙汰の猛練習――と言えば確かにそうなのだが、世界のトップ舞台へ立つ天笠選手の練習は、サンドバックを撃つ姿にしろ、シャドーボクシングにしろそれがどんなに激しいものであれ、一つ一つの動作というか筋肉の連携や体の軸の保ち方など、身体的なシルエットが圧倒的に華麗なのだった。まるで驚異的な身体の動作を示すダンサーのように。
しかし、柳さんは、近くに眺めて胸躍るそうした天笠尚の練習現場へ、まったくといっていいほど出かけようとはしなかった。
そのことを聞いたことがある。
すると、柳さんはこう答えた。
「オレもボクシングが好きだから、まぢかで練習を見れば、こうせい、ああせい、と言いたくなるだろう。もしかしたら、それを本人に口にしてしまうかもしれない。しかしな、それを俺はそういうマネをしたくないんや。天笠はボクサー。おれは水道職人。プロボクサーである天笠を尊重し、そこに対しては口を挟みたくないーー。それが俺の美学だし、おれの応援のスタイルや。だからわしは、練習を見に行かないことにしとるんや」

そしてーー
一週間前9月29日の後楽園ホールの甘さ差さんの試合のときーーつまり、この試合に勝てば次は世界挑戦。あるいは、もし仮に敗れたら引退か…? と、ボクシングマスコミやファンがかまびすしい話題を交わしていたとき…、リングサイド席にたくさんの天笠応援団を招待した柳さんは、同時に自分の家族(奥さまとお嬢さん)を呼んでいた。自分の記憶する限り、奥様が柳さんの隣でリングサイド席に座るのは初めてのはずだ。この試合を、ご家族とともに共感の内に観戦したいーーその想いがあったのだろう。
ゴングが鳴り、初回から押され気味の天笠さんを、柳さんは声をからして応援していた。激しい姫路弁で、ときに乱暴に凶暴に…、まるでサンドバッグをうつような激しい言葉をリングにむけて撃ち続けていた。
天笠!
天笠撃て!
撃つんだ天笠!
あるいは敗れれば最後の試合になるかもしれないーー。その想いを、決死の闘志に替えてリングへ立ち向かったのは、選手だけではなかったのだ。ずっとこれまで選手を応援してきた、年齢の近い同志ようなタニマチである柳さんもまた、12ラウンドをリングの上で闘っていた。
その日の試合をーーボクシングメディアはこう報じている。

4度目の来日となる同級5位リチャード・プミクピック(27=フィリピン)との王座決定戦。パワフルなパンチに初回から守勢で、2~6ポイント差の0-3で判定負けを喫した。「進退をかけていた。引退ということになる」と話した。

初回から大ぶりなフックを顔面にもらった。スピードある踏み込みから、目いっぱい振ってくるパンチに守勢になった。天笠も右ストレートをクリーンヒットも続かない。8回にはコーナーに追い込んでの連打で相手はダウン寸前も倒せず。終盤はまた攻め込まれ、反撃する場面もなく終わった。判定後はガックリ肩を落とし、しばらくはコーナーの椅子に座ったままだった。
(日刊スポーツ)

試合後、サングラスの向こうで柳さんが涙を流していたように感じられた。しかしそんな場面で、サングラスの向こうを、憶測することに意味はないように思われた。
「ようがんばった!」
柳さんは、打ちひしがれた様子でリングを降りてきた天笠を、精一杯の明るい声で受け止めてみせた。
そして、応援席にいるわれわれに「応援に来てくれてどうもありがとうございます」と深く頭を下げ、一人一人へ、天笠を応援してきてくれたことへの感謝の言葉をくりかえした。
柳さんはまだ闘っていた。敗者となった天笠を気づかい、応援席の人々へ、天笠さんの気持ちを代弁するように想いを伝えていた。
その後、後楽園ホールの選手控室でのことはーー天笠選手と柳さんの2人だけの時間の中での出来事だと思う。それを、第三者の自分が傍観者としてここに書くことは、ふさわしくない。あるいはそれが知りたければ、ツイッターに柳さん本人の言葉がある。

あるいは、選手とタニマチという、それを応援する人の友情とも愛情ともちがう…、その立場には誰しもが難れるわけではないのだが、こういうもなのかなと、その場の風景と柳さんのSNS上の言葉を受け止めながらーーうらやましく、そんな二人に憧れてしまうのだった。

《了》

取材・文/石丸 元章
撮影/菊池 茂夫